2024年3月13日(水)
はじめに
日本ハンザ史研究会の第39回研究会で、稲元格「リューベック法の概観 一Wilhelm Ebel, Lübisches Rect I, Lübeck 1971.を読み返すー」という報告が行なわれた。
報告者はドイツ中世都市法の研究者で、その主な対象はリューベック法である。1988年の論文「中世都市リューベックの法史料について」では(1)、リューベック法の刊本情報がまとめられている。
この論文の刊行情報は詳細で網羅的なものではあるが、リューベック法の刊本はその後も出版されている。そこで本稿ではそれらを紹介することで、リューベック法の刊行情報を補完することにしたい。
なお、ここで紹介するのは、中世低地ドイツ語で書かれているリューベック法の刊本で、なおかつ筆者が確認できたものだけである。遺漏があればご指摘いただきたい。
バルデヴィク写本(Der Bardewiksche Kodex)
リューベック法に関する近年の最も大きな話題はバルデヴィク写本の「再発見」である(2)。
この写本は、リューベックの官房長アルプレヒト・フォン・バルデヴィクによって1294年に作成されたもので、これまでにJ・F・ハッハ(J. F. Hach)が1839年にテキストを刊行している(3)。
第二次世界大戦末期にリューベック市立文書館に所蔵されている史料が疎開のために移送されることになり、バルデヴィク写本もザクセン・アンハルト州にあるベルンブルクの鉱山に移されたが、戦後にソ連の手に渡り、その後の行方がわからなくなっていた。それが2014年になってロシアのイヴァノヴォ州にあるヴォルガ河畔の都市ユリエヴェツで再発見されたのである。その後、ドイツ・ロシア両国の研究者で共同研究が行なわれ、その成果が2021年〜2022年に全三巻で刊行された。
- Ganina, N.; Cordes, A.; Lokers, J. (Hgg.), Der Bardewiksche Codex des Lübischen Rechts von 1294, 3 Bde. Oppenheim am Rhein, 2021-2022.
- Bd. 1: Faksimile und Erläuterungen. 2021.
- Bd. 2: Edition, Textanalyse, Entstehung und Hintergründe. 2021.
- Bd. 3: Rechtshistorischer Kommentar. 2022.
本書はファクシミリ版とテキスト、現代語訳、論文、註解などで構成されている。なお、第一巻に収録されているファクシミリ版は、Lübisches Recht - digital でも公開されている。
- Юрьевец, Музеи города Юрьевца, ЮКМ-2010 (olim Archiv der Hansestadt Lübeck, Hs. 734) Albrecht von Bardewik: Lübisches Recht (Bardewikscher Codex) (Lübeck, 1294). Lübisches Recht - digital. 2022.
キール写本(Der Kieler Kodex)
Lübisches Recht - digitalにはキール写本のファクシミリ版も公開されている。
- Kiel, Stadtarchiv, 79413 Lübisches Recht / Ius Lubecense (Lübeck, um 1282). Lübisches Recht - digital. 2022.(4)
キール写本は1282年ごろに最初につくられたもので、十三世紀のリューベック法の諸写本の中でも特に重要で、リューベックにおいて公的な写本とされていた。この写本は十八世紀までリューベックに保管されていたが、その後キールに移されたことからキール写本と呼ばれるようになった(5)。
なお、テキストについては1951年にG・コルレン(G. Korlén)によって刊行されている(6)。また、このテキストをもとに稲元氏が1993年・1994年に邦訳を行なっている(7)。
この写本もバルデヴィク写本同様に第二次世界大戦末期にソ連に押収されたため、G・コルレンがテキストを刊行した時に利用したのはリューベックに保管されていた写真版である。冷戦終結後の1998年から史料の返還が始まり、それによってキール写本もソ連を構成する共和国一つであるアルメニアからキールに返還された。
レーヴァル(タリン)写本(Der Revaler Kodex)
リューベックからレーヴァル(現在のエストニアのタリン)に与えられたリューベック法は複数存在するが、ここで紹介するのは1282年のものである。この写本のテキストは1844年にすでにF・G・v・ブンゲ(F. G. v. Bunge)によって刊行されているが(8)、1998年に新しい刊本が出版された。
- Kala, T., Lübecki õiguse Tallinna koodeks 1282: Transkribeerinud ja tõlkinud / Der Revaler Kodex des lübischen Rechts 1282: Transkription und Übersetzung ins Estnische. Tallinn, 1998.
本書にはファクシミリ版とテキスト、翻訳、解説などが収められている。書名だけでなく解説もエストニア語とドイツ語の二言語表記されているが、現代語訳はエストニア語のみとなっている。
コルベルク(コウォブジェク)写本(Der Kolberger Kodex)
コルベルク写本は1297年にリューベックからコルベルク(現在のポーランドのコウォブジェク)に与えられた。写本自体は失われていて、1945年に焼失したとみられている。リューベックに所蔵されている写真版をもとに2005年に刊本が出版された。
- Jancke, P. (Hg.), Das Kolberger Rechtsbuch: Der Kolberger Kodex des Lübischen Rechts von 1297: Faksimiledruck der verschollenen Handschrift mit hochdeutscher Übersetzung und Glossar (Beiträge zur Geschichte der Stadt Kolberg und des Kreises Kolberg-Körlin, Bd. 32). Hamburg, 2005.
本書は主にファクシミリ版と翻訳、語彙集で構成されているが、テキストは含まれていない。
ハンブルク法(Das Hamburger Ordeelbook)
最後に紹介するのは1270年のハンブルク法である(9)。
一見、リューベック法とは関係ないようではあるが、リューベック法のゲッティンゲン写本の後半には1270年のハンブルク法が収められているので、この機に紹介しておきたい。
1270年のハンブルク法の刊本で代表的なものとしては、これまで二つあった。一つはJ・F・ハッハによる前述のゲッティンゲン写本のテキストで(10)、もう一つはJ・M・ラッペンベルク(J. M. Lappenberg)によるハンブルク写本(1845年に焼失)のテキストである(11)。
これに加えて、2005年にコペンハーゲン写本の刊本が登場した。
- Eichler, F. (Hg.), Das Hamburger Ordeelbook von 1270 samt Schiffrecht nach der Handschrift von Fredericus Varendorp von 1493 (Kopenhagener Kodex): Textausgabe und Übersetzung ins Hochdeutsche mit rechtsgeschichtlichem Kommentar. Hamburg, 2005.
本書は主にテキストと現代語訳、註解などで構成されている。
注
- 稲元格「中世都市リューベックの法史料について」『近大法学』第35巻第3・4号、1988年、1-52ページ ↩
- 再発見の経緯を含むバルデヴィク写本の概要については以下を参照のこと。 ↩
- アルブレヒト・コルデス/田口正樹(訳)「リューベック法の体系化 —バルデヴィク写本(1294年)をめぐって—」『北大法学論集』第71巻第1号、2020年、117-140ページ
- 柏倉知秀「フォーラム」『比較都市史研究』第42巻、2023年、1ページ
- Hach, J. F. (Hg.), Das alte lübische Recht. Lübeck, 1839 (Nachdruck: Aalen, 1969), Codex II, S. 229-376. ↩
- ちなみに、Lübisches Recht - digitalには、ファクシミリ版がもう一つ公開されている。それはラテン語で書かれたゲッティンゲン写本である。この写本のテキストはハッハによって刊行されている。 ↩
- Göttingen, Niedersächsische Staats- und Universitätsbibliothek, 8° Cod. Ms. 807 jurid. Cim. Lübisches Recht / Ius Lubecense (Lübeck (?), 1263). Lübisches Recht - digital. 2022.
- Hach, J. F. (Hg.), Das alte lübische Recht. Lübeck, 1839 (Nachdruck: Aalen, 1969), Codex I, S. 183-228.
- キール写本については、以下を参照のこと。 ↩
- 稲元格「中世末期リューベックの都市法典における不動産に関する条文について —13・4世紀のキール法典(Der Kieler Kodex)を素材として—」『近畿大学法学』第37巻第1・2号、1989年、1-51ページ
- Korlén, G., Norddeutsche Stadtrechte, Bd. 2: Das mittelniederdeutsche Stadtrecht von Lübeck nach seinen ältesten Formen. Lund; Kopenhagen, 1951, S. 81-167. ↩
- 稲元格「『キール法典』仮訳」(上)(下)『近畿大学法学』第41巻第1・2号・第3・4号、1993年・1994年、352-318ページ・88-57ページ ↩
- Bunge, F. G. v. (Hg.), Die Quellen des Revaler Stadtrechts, Bd. 1. Dorpat, 1844, S. 40-71. ↩
- ハンブルク法については以下を参照のこと。 ↩
- フランク・アイヒラー/和田卓朗(訳)「ハンブルク都市法 —端緒から1603/05年まで—」『大阪市立大学法学雑誌』第49巻第4号、2003年、671-739ページ
- Hach, J. F. (Hg.), Das alte lübische Recht. Lübeck, 1839 (Nachdruck: Aalen, 1969), Codex III, §§241-406, S. 459-548. ↩
- Lappenberg, J. M. (Hg.), Die ältesten Stadt-, Schiff- und Landrechte Hamburgs (Hamburgische Rechtsaltertümer, Bd. 1). Hamburg, 1845, S. 1-74. ↩