2008-12-13

ヴァロワ・ブルゴーニュ家(1384-1477年)と北方海域 —ブルゴーニュ公の宮廷外交に関する予備的考察—

第12回研究会報告要旨 2008年12月13日

中堀博司(宮崎大学教育文化学部)

ハンザ同盟が、西方において少なからぬかかわりを有し、時に対峙した政治勢力がヴァロワ・ブルゴーニュ公国である。中世末から近世初頭にかけての独仏間で、北方海域沿岸に領域を拡張しつつあったこのブルゴーニュ公国の歴史(1384-1477年)は、旧支配領域が及ぶか、あるいは宮廷間の関係が結ばれた周辺各国の研究者を糾合しつつ、研究が進められてきた。特に近年、W・パラヴィッチーニを中心とする在パリ・ドイツ歴史研究所(DHIP)グループによるブルゴーニュ宮廷・家政研究を通じて、新たな活性化をみている。その成果の一端は、2008年秋に完成されたブルゴーニュ公宮廷関係者のプロソポグラフィであり、同HP上でデータベース(註1)が公開され、また、同公国史に関する一次史料・二次文献も陸続と公刊されている。

本報告では、このDHIPによるデータベースとR・デ・シュメット編の金羊毛騎士団員に関する伝記的リストを突き合わせながら、109名の同騎士団員に関する個人情報を改めてリスト化し、身分・出身地・親族関係の諸側面から再検討を行った。

1430年、第3代ヴァロワ家ブルゴーニュ公フィリップ・ル・ボンが、ポルトガル王女イザベルとの婚姻の際に創立を定めた金羊毛騎士団が、同公国に併合された諸地域や北方海域を介して接する周辺諸国との結びつきを制度化するために活用された点、概ね女子を媒介として行われた旧来の結婚外交が、男子の騎士団加入を通じて強化された点、また、結果的に半ば世襲化された高級貴族集団がブルゴーニュ公宮廷に付随する形で構成された点を、やや見通しも含めつつ明らかにした。

なお、同公国の領域拡張の方向性から次第に北部領域ブロック出身の団員が増えるのは確かであるが、公国の根拠地であるブルゴーニュ公領の首都ディジョンには、第2代から第4代までの公が生まれ育ったブルゴーニュ公邸や、ブルゴーニュ諸公の菩提教会シャンモルのカルトジオ会修道院(ディジョン近郊)、そして先の金羊毛騎士団の本部と定められた聖礼拝堂(ブルゴーニュ公宮廷礼拝堂)が存在することを通じて、公国の精神的首都たる地位を保持し続けた点を留意すべきことも指摘した。

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